忘れられないライブ

初めてのセンターステージの春コンは、間違いなく記憶に焼き付けられるだろう。
そこで、ふとした拍子に記憶が鮮明に浮かび上がるライブを振りかえってみた。
かなり記憶違いがあるかもしれないが・・・・・・



【1998年7月 初ライブ】


FCには春に入っていたのに初ライブは申し込んでいなくて、追加公演をチケットぴあ店頭で買った。 初期の私はまだまだのめりこんでいなかったのだ。パンフレットさえ買わなかったし(後にヤフオクで入手した)、 確か「Hello!」と朱色書きしてあったようなビニールバッグをみんな持っていたのが忘れられない。 歳がばれるかもしれないが、この当時からすでに、こんな若い子のグループ、本気で応援してええんかいな、 という気持ちの壁があったのだ。今は克服したが。 ライブでは、アンコールの「さみしい日」でのメンバーの涙が忘れられない。 最初で最後となった「ワガママ」、「夢の中」が聞けたライブ。DVDでもビデオでも今は見られない・・・・



【1999年8月千葉】(+秋の越谷/羽生の記憶入り混じり・・・・)


なんと平日公演!!終業後急いで千葉へ。
ごっちんのまだいない7人のステージ。一人一人が踊れるよう階段状の踊り場が連なるステージ。
「HAPPY NIGHT」では、間奏のときメンバーそれぞれのソロダンス披露が鮮明に記憶に残る。
何よりも、かおりんセンターの「NIGHT OF TOKYO CITY」!!!!!!
ソロのダンスも披露。カッコ良かったぁ〜。
よみうりランドイベントはこの翌々日。
アカペラ「21世紀」は、越谷と羽生。赤と黒のチェックの衣装はこの時?



【2000年5月武道館】


名曲「ハピサマ」の調べ。
紗耶香を送るごっちんの悲痛な叫びが忘れられない。
4期の初舞台。意味不明の「ちゃっきりちゃっきり」(のの)と「どっす〜ん」(よっすぃ)は、 忘れられるはずがない。二人タンポポの悲しき響き。ハイヒールかおりんの足首の美しさ!!



【2000年11月静岡】


3列目の通路側だったけど、端っこ。スピーカーが間近にあって音響は最悪。音が割れまくり、 まったく音楽として聞けなかった。いつもの印象とは違う、髪の毛を振り乱して踊る梨華ちゃん(抱いて HOLD ON ME!) と、そのときの厳しくもあり真剣な表情が忘れられない。



【2001年4月横浜アリーナ


風船の中から飛び出すミニモニ。
娘。のベスト曲を連ねた怒涛のようなライブ。このとき初めて、体の芯から沸き起こるエネルギーの 波動を感じた。超エンタテインメントの第二期娘。の始まり、と言っていいような「快感」に満たされるライブだ。 初めてジャンプした。



【2001年8月三重】


確かここでの「ザ☆ピ〜ス!」が、めったに見られなかった真っ白バージョンのセーラールック・・・・・貴重な貴重な体験



【2002年5月さいたまスーパーアリーナ


裕ちゃんはいなくなったが、第二期娘。時代の絶頂期のライブだ。とにかく、4thアルバムの数々の 名曲が次から次へと繰り広げられ、すごく質の高いライブだった。どこか1ヶ所記憶に残ると言う のではなくて、すべてがすばらしいライブ。「卒業」が絡んでいないのもいい。5期メンによる名曲 「好きな先輩」、なっちwith5期メンの「男友達」、「いいことある記念の瞬間」の指差しパフォーマンス、 パワー全開の「いきまっしょい」と「本気で熱いテーマソング」、なちかおを取り囲む 「なんにも言わずにI LOVE YOU」、味わい深い初期分割娘。オリジナル曲、等々、ニューアルバムを 引っさげてという、ライブツアー本来の姿をきれいに体現したライブ。



【2002年11月福岡・鹿児島】


私にとって実質上の初めて地方遠征。鹿児島のアリーナは立ち見だが、通路側を確保できて、 本当に近いところから娘。を眺めることができた。福岡では、地方公演は雰囲気がアットホームで、 ファミリーが多いのにびっくり。真っ赤なスーツ風のかわいらしい衣装で、ここにいるぜぇ!のフルサイズを 堪能し、プッチモニの「ぴったりしたいX'mas」ばりの、両手ぶらぶらの楽しい振り付けと、 頭の上で髪の毛を結わえたなっちの髪型が忘れられない。



【2003年4月名古屋】


初めてのバックステージ。これもチケットぴあ店頭で買った。人気凋落か、との複雑な気持ち。 当然ながら後ろ向きがほとんどとは言え、時々手が届くほどの間近にくる娘。たち、特にののたんの姿が忘れられない。 「すっごい仲間」を聞くと、今でも後ろから眺めた娘。たちの姿が目に浮かぶ。


他にもはじめての野外の国立越後丘陵とか、いろいろあるなぁ・・・・・。


こうやって書いてくると、本当に娘。の魅力はそのときそのときが旬。
チャンスを逃すと二度とその瞬間を見られない。
明日香卒業ツアーとなった1999年前半のツアーと、初期のハロプロツアーに参加していないのが 悔やまれる。99〜2001年、もっともっと行っておけばよかった。


変な回顧をしてみたが、娘。は終わったわけじゃない。これからも次々とすばらしい記憶を私の中に 焼き付けてくれることを信じている。・・・・