分割娘。コンがついに終わる

私は、今日は盛岡に行って来たのですが、最終日とあってメンバーの気合の入り方も すごいし、テンションが高くてすごく良かったと思います。病気から全快したやぐっつぁんも 絶好調だったし、とりわけあいぼんの元気が良くて、この日はすごく声が通っていたし ギャグも完璧でした。


そして相変わらず愛ちゃんは、前方の列のお客さんとしっかりアイコンタクトして演じて いましたね。私は遠くから双眼鏡で確認していただけなんですけど、是非とも愛ちゃんの 視線を浴びたいと思ったものです・・・・・・。


実はきちんと前のほうのお客さんにも目線をくれるメンバーは希少でなのです。私は 娘。コンではアリーナの端っこの方で2回ほど3列目くらいがあたったことがあるのですが、 ほとんどのメンバーの視線は彼方の方にあって、さびしい思いをしました(当時、愛ちゃんはいなかった)。


そんな中、よっすぃが良く視線をくれた記憶がります。これには面白い話があって、 彼女、今年からコンタクトをつけ初めて、あまりにもお客さんが良く見えすぎて、恥ずかしい と言っておりました・・・・(笑)。昔はあまり見えてなかったので、結構大胆だったのかな(^^


一方のおとめの最終公演はどうだったのでしょうか。今回おとめ5回、さくら4回の参戦だったのですが、 そのすばらしさは互角かな・・・・・。愛ちゃん・あいぼんの歌のうまさの分だけ、さくらの公演 の方が若干良かったかなという気が、おとめ派の自分としては、残念ながらしています。 おとめは、たなかっちの伸びしろと、みきてぃをもっと上手に使うことを秋に期待したい。 (メンバー構成が変わるでしょうけど・・・・・・・)


さて、さくらはFC申し込み人気が高いと思って安全牌で盛岡を申し込んだら、予想 どおり関東全滅で盛岡が当選し、仕方なく新幹線代払ってみちのくへ・・・・・。交通費を 考えたらヤフオクの方が安いよな、と思いつつ、地方まで行って後方の列にがっくりと肩を落として座る・・・・・。それにしても盛岡まで日帰りできるんですから すごいものですね。いいことか悪いことかわかりませんけど。


今般の分割娘。の地方公演は、地方の人々に身近に接して昔の小人数でやって いたときのライブの雰囲気をもう一度再現する、なんてことに確かねらいがあったと 記憶しているのですが、その目的は果たされたのでしょうか。


「身近なライブ」というのはまさにその通りで、席が20何列でもアリーナ席に比べれば 本当に近くて、人数も7人しかいないからしっかりと各メンバーの動きや表情も楽しめたし、 いろんな企画も盛りだくさんでとても楽しかったと思います。


一方、全都道府県を回り(これからも含めて)、地方の人々にも楽しんでもらうという 目的はどうだったのでしょうか。結局、私を含めたヲタ連中が各地を飛び回り会場を 独占した、なんてことはないのでしょうか。開催地の人々にきちんとチケットは出回った のでしょうか。その点が少し気がかりです。


あとは、まぁ、もう一度ぶり返しても仕方がないけど、昔の曲が「サマナイ」または 「抱いてHOLD ON ME!」の一曲ずつだけなのはどうなのかなと・・・・・・。確かに、ライブ自体は盛り上がりはしたし、 すごく楽しかったけど、98〜99年の娘。を再現してくれるのでは、という淡い期待はあっさりと くじかれてしまったし、もうそんな夢は二度と抱かないでおいたほうがいいみたいです。


二つに分けても今の娘。は今の娘。とにかく楽しくて、いやなことを忘れさせてくれて、 幸福感に浸らせてくれる、そういう存在。渋い味わいを見せてくれる98〜99年の娘。には、 戻ろうにも戻れないし、なろうと思ってもなれないのかもしれない。私自身も本当に娘。に はまり込んだのは、4期が入って以降の「楽しい娘。」からだと言っていいし、私が 98〜99年当時の娘。を再現してほしいと思っているのは、実は、自分自身がその当時の 娘。に対する応援が十分でなかったりとか、今ほどライブに足しげく通う事もなかったなど、娘。を 十分に楽しんでいなかったと言う引け目と達成感のなさが、自分自身の中にある からかもしれないのです。だから、私の望みというのは実は大変自分勝手なものなのかもしれません。


さて、某掲示板のカキコによると、秋の分割娘。コンも決まっているわけではない、との 意見がありました。確かに、「何が保証されているわけでもない」というのが、娘。の活動ですね。


だからこそ、まさにその瞬間その瞬間が、娘。の旬であり、その旬を逃すと、二度と その時点の娘。を味わい楽しむことはできない。これは、ずっと娘。の応援をしてきた ものなら誰もが痛いほど実感している、娘。の法則。たとえば、仮に秋に分割娘。コンがあったとしても、 そこにはもう辻ちゃん加護ちゃんはいない・・・・・。今般のさくらおとめはもう二度と味わえ ないのです。そんなある意味、強迫観念にもとらわれて、相変わらず娘。ばかりを追っかけている自分がそこにいます・・・・。